足を洗う・お茶を濁すの言葉の語源

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コトバの意外な由来をたどる

コトバの語源⑫

足を洗う・お茶を濁すの言葉の語源

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ごく普通に使っている言葉でも、どうやってできたのだろう、と思う表現はありませんか?語源をたどってみると、ユニークな由来がある言葉は多いのです。今回は、そんな表現をふたつお届けします。

足を洗う

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「足を洗う」という表現は、「彼はダラダラした生活から足を洗って真面目に働きはじめた」のように、悪いことや好ましくないことをやめる、身を引く際に使われます。実は、この言葉の由来を調べていくと仏教にたどり着くのです。
仏教の思想では、寺の中は救いの世界、寺の外は迷いの世界という考え方があるそうです。そして昔の僧は、一日中はだしで外を歩いて修行をしていたため、一日の修行を終えて寺に帰る頃には足が泥だらけになっていたといいます。そのため、寺の外の煩悩も洗い清める意味も含め、僧は修行後に寺へ入る前に足を洗う習慣があったそうです。僧が足を洗う様子と、寺の内と外の世界の違いという仏教の思想がひとつになり、「足を洗う」という表現が悪いことをやめる意味で使われるようになりました。
ちなみに、「足を洗う」と同じ意味の英語の表現として「wash someone’s hands of~」があり、直訳すると「~から手を洗う」という意味になります。英語の言い回しでは、「足」ではなく「手」を洗うという表現になるのがおもしろいですね。

お茶を濁す

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「お茶を濁す」とは、いい加減なこと、適当なことでごまかしたり取りつくろったりしてその場しのぎをする、うやむやにすることを意味する言葉です。「面倒な仕事を頼まれそうになったが、忙しいからとお茶を濁した」のように、曖昧な答えで乗り切ったときにも使われます。
この表現の由来には、お茶にまつわるいくつかの説が存在しています。茶道でお茶を点てるときには決まった作法があり、当然、作法を知らない素人は正しくお茶を点てることはできません。しかし、適当にお椀にお湯と抹茶を入れてかき回したとしても、それらしい色のお茶にすることはできます。このように、素人が適当な作法でお茶を濁らせてお茶を点て、その場を取りつくろった様子から「お茶を濁す」という表現になったとされています。
この由来とは別に、ここでいう「お茶」は抹茶ではなく、緑茶などの一般的なものであるという説もあります。お茶の淹れ方は簡単なものではなく、湯温や分量、時間がうまく合わないと、渋みや苦味が出て濁ったお茶になってしまいます。そのように適当に淹れたお茶を客人に出した状況から、その場を取りつくろうという意味がついたともいわれています。
日本語には「お茶の子さいさい」や「へそで茶をわかす」「日常茶飯事」など、お茶にまつわる表現が他にもたくさんあります。これは、日本では昔からお茶がよく飲まれていて、身近にある飲み物だったことの表れともいわれています。

どちらの表現も言葉通りの様子が想像できるものですが、由来をたどると思ってもみなかった背景がわかることがあります。日本語には、このように興味深い由来を持つ表現も多いので、ぜひ調べてみてはいかがでしょうか。

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