暑さ寒さも彼岸まで・暑さ忘れて陰忘る

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コトバの意外な由来をたどる・夏にまつわる言葉の由来

コトバの語源⑭

暑さ寒さも彼岸まで・暑さ忘れて陰忘る

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日本には夏の暑さを用いた言葉がいくつかあります。今回は、その中から2つの言葉の由来をご紹介します。

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暑さ寒さも彼岸まで

「9月に入ってもまだ暑いが、暑さ寒さも彼岸までというくらいだからもうすぐ涼しくなるだろう」というように、本来涼しくなる、または暖かくなる時期なのにまだ暑かったり寒かったりする時に使われる慣用句です。また、この意味が転じて、「『暑さ寒さも彼岸まで』なのだから、もう少し我慢しよう」のように、今はつらくても時が経てばいずれ去っていく、という意味で使われることもあります。
彼岸とは、お墓参りへ行き先祖供養をする日、と認識している方も多いのではないでしょうか。彼岸は1年のうち春と秋に1回ずつある、昼と夜が同じ長さの雑節(ざっせつ)のひとつなのです。
彼岸は年によって変動するため、日付は固定されていません。毎年の春分の日と秋分の日をそれぞれ中日(ちゅうにち)とし、前後の3日間を含めた計7日間のことを、彼岸と呼びます。彼岸を境に季節が折り返されると考えられていて、この時期には夏の暑さや冬の寒さの目処がつくことから、「暑さ寒さも彼岸まで」という慣用句が生まれました。
彼岸とは、仏教における向こう岸、つまり仏様がいる世界を指しています。これに対し、私たちがいる世界のことを「此岸(しがん)」といいます。彼岸は真西、此岸は真東にあるとされていることから、昼と夜の長さが同じである彼岸は、太陽が真東からのぼり真西に沈む、彼岸と此岸が通じやすい日なのだそう。そのため、彼岸は先祖供養をする日になっているそうです。
彼岸にお墓参りをするのは日本だけといわれています。これは、この時期に自然と祖先に感謝をするという日本独自の習慣で、発祥は聖徳太子が生きたといわれる飛鳥時代までさかのぼるという説があります。

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暑さ忘れて陰忘る

「低迷していた時に助けたのに、成功した途端に私のことを忘れているなんて、彼はまさに『暑さ忘れて陰忘る』そのものだ」のように使います。苦労した時期にありがたかったことでも、その時期を抜けてしまえばありがたみを忘れてしまうということを例えた表現です。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」も、同じ意味として使われます。
この慣用句は、夏の暑い時期を思い浮かべると由来がわかりやすいでしょう。真夏の暑い日に照りつける強い日差しの中で、ちょっとした日陰に入ると、涼しさを感じられてありがたい気持ちになりますよね。しかし暑さが和らぐと、日陰に入ることもほとんどなくなり、ありがたいと感じたことも忘れてしまいがちです。この慣用句は、そんな様子を人情に例えて使われています。
ちなみにこの慣用句では、「影」ではなく「陰」を用いますが、この同音の二つの漢字は意味が微妙に異なります。「影」は光が遮られてできた、光源と対になる暗い部分のこと。一方、「陰」は、日の光や雨風があたらないところという意味があり、必ずしも光と対になっているわけではありません。「陰口を叩く」のように暗いところ、隠れたところ指すこともあり、「人目につかない場所」という意味もあります。

いかがでしたか?このように、四季折々の言葉でさまざまな状態を表現する慣用句があるのも、美しい四季を感じられる日本ならでは。その季節ごとに気になる言葉の由来を調べるのもおすすめです。

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