“濡れ手で粟・癪(しゃく)に障る”言葉の由来

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コトバの意外な由来をたどる

コトバの語源④

“濡れ手で粟・癪(しゃく)に障る”言葉の由来

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ごく普通に使っている言葉でも、どうやってできたのだろう、と思う表現はありませんか? 語源をたどってみると、ユニークな由来がある言葉は多いのです。今回は、認知度は高いものの、由来はなかなか知られていない言葉の語源をご紹介します。

粟

濡れ手で粟

苦労せずに利益を得ることを表現した言葉です。例えば「宝くじを買ったら100万円が当たった。これこそまさに濡れ手で粟だ」のように、楽をして多くのものを手に入れた時に使用します。

この表現の由来は、言葉から想像する通り、濡れた手で粟の実(あわのみ)をつかむとたくさんつかめる、というものです。粟の粒はとても小さいので、手でつかむ場合には乾いた手よりも濡れた手の方が粟の粒がくっつきやすくなり、容易にたくさんつかむことができます。「濡れ手で粟」は、このような様が転じてできた表現です。

「濡れ手で」という表現にはたまたま手が濡れていたのではなく、意図して濡らした手でたくさん粟を取ろうという思いが含まれています。「濡れ手に粟」のように使う場合もありますが、これは意図せず手が濡れていたという意味も含まれますから、本来の意味を考えると誤った表現です。

また、同じような表現で、「濡れ手で粟のつかみ取り」という言葉もあります。こちらの方が、粟をつかむ様子がわかりやすいですね。

怒る人

癪(しゃく)に障る

物事が気に入らず、不快である様を表した表現です。「上司の説教がいちいち癪に障る」というように、誰かに言われたこと、またはされたことに対して不快感を表現する際に使用し、「腹が立った」と同じような意味で用いられます。

「癪」とは、急に胸や腹が痙攣して感じる痛みのことで、「さしこみ」と呼ばれ、胆石の症状の一つともいわれています。腹が立った時には胸や腹が痛むことから、「癪」という言葉が使われるようになりました。

この表現では、「さわる」を「触る」ではなく「障る」と書きます。癪は病気の一つであり、実際に触れられるものではないため、「障る」を用います。

同じ字を用いる表現に、「癇癪(かんしゃく)」があります。ちょっとしたことで激しく怒ること、またはその性質のことですが、「癇癪」の「癇」を使った「癇(かん)に障る」という表現も、「癪に障る」とほぼ同じ意味です。

時代劇を見ていて、「持病の癪が……」というセリフを耳にしたことはありませんか?時代劇でよく聞く「持病の癪」とは胸や腹の痛みを表現する時に使われており、「癪に障る」に含まれる「癪」と同じ意味を持ちます。時代劇の舞台である戦国時代や江戸時代の医学では、胸や腹の痛みだけではどんな病気かを特定することが難しかったため、これらの激しい痛みをまとめて「癪」と表現されていたと考えられています。

「濡れ手で粟」も「癪に障る」もどちらもよく耳にする言葉ですが、誤用や漢字の誤りが多い表現。言葉の由来を知ることは、本来の意味をきちんと理解することにつながります。合っているか自信がない言葉があったら、由来を調べてみることをおすすめします!

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